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恐れ入りますが、私のPC環境を一部変更させて頂くため暫くブログの更新をお休みさせて頂きたく存じます。それにしても今年はゴールデンウィークで10連休!8月のお盆休みも取り方によっては9連休!今年から来年に向けての年末年始も9連休が可能とみられます。これって休み過ぎでは?と中小零細企業の親父の私は考えてしまいます。単に沢山休みを設定すれば良いというものなのでしょうか?

加えて有給休暇もきっちりお金等で清算せず、また労働者側の人間は堂々と有給休暇を存分に取りなさいと、どこかのお役所やマスコミが囃し立てています。一方で国会は野党が阿部内閣に依る景気回復はしていないと騒ぎ立てています。これも中小零細企業の経営者である私からすれば、働き方改革とやらで就業時間も大幅に短縮され、実質時間給の大幅アップです!これって給与のアップなのでは???

「働かざるもの、食うべからず」という諺は犯罪的諺なのでしょうか?人間が働く事をいやがり、その分AIなどコンピュータやロボット、機械等に働かせて人間は一体何をする積もりでしょう???私には国会の野党さんたちにももっと大衆迎合に見え過ぎる論議ではなく、本当にこの先の国と国民の生き方を真剣に考えて欲しいのですが、私の考えが間違っていますでしょうか?

世の中がAIやロボットに職場を占領され、働きたい人々が働く場所が亡くなってからでは遅いように思います。遊ぶ事も趣味に生きる事も決して悪い事ではありませんが、生きる事と働く事は人間の永遠の課題であり義務なのではないでしょうか?人間が働かなくてよい世の中なんて、頭の古い私にはなんだか得体の知れないSF小説を見ているようで、怖いのですが・・・。

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2月11日のこのコーナーの記事は大変失礼しました。急遽翌日からの九州出張に関係して、執筆が途中で止まったまま公開になっていたようです。御陰様で先週の木曜日に無事帰阪し、2週間の九州方面巡回も無事終了しました。久方ぶりの九州駐在は様々な事を思い出す良い機会でもありました。大分では大型複合商業施設の立地に依る人員不足がやはり顕著で、どのテナント店舗管理者の方々もさすがにお疲れでした。しかも自分自身時間の余裕を失っている方々ばかりお見受けします。求人に殆ど反応は無く、現有スタッフが辞めるとそこから店舗管理者の地獄が始まると言って過言では在りません。

一方鹿児島の非常に立地も良く交通便も便利な立地の施設は、面白い現象が観られていると施設関係者からお聞きしました。それはテナントのスタッフの定着率は全国的な平均とほぼ替わらないのですが、これまでのお店を辞めても間髪入れず同じ施設の同胞テナントでもある他店で就業しているところが多く観られるとの事です。これを私は即興で名付けて「同施設内転勤」としました。即ちテナントスタッフに取って、地域でのステイタスや通勤が便利なところで働きたいという強い願望は根強く、一般サラリーマンが全国を股に転勤するのと同じ様な感覚で、同施設内の他店舗間を動いているのです。

「同施設内転勤」という渡り歩き方は今日では決して悪い事ではなく、むしろこの動き方は施設にとってもテナントにとっても結果的に有り難い動きと評価できます。後は各店舗での人的育成を今後どう考え、どう実施してゆくかが課題となります。アルバイトやパートの人々に育成を目的とした教育や指導は結果が出難いのが実情です。教育を受ける側が同企業同店舗に執着する必要性が今日はありませんので。教育は彼等には無用の長物と化しているのでしょう。ですから、同施設内で好き嫌いや気分で定着しなくても、結果的に回り回ってスタッフが巡ってくれるだけでも有り難いのです。

長い目で見た時、この現象が良いとは限りません。やはり人間は生きるために働き、働く事で人間社会の中での自分の居場所を見つけ、自分の存在価値も確保できると私は考えています。今後商業施設の運営にAIに依るロボット化の進行は今年に入って加速するでしょう。今年中には無人店舗が各業種業態で普及し、言われた事しか出来ない人々や機械やロボットに取って代わられて支障のない仕事は人間から取り上げられてゆくでしょう。となると人間が働くという意味をしっかり見つめ、自分の存在が危ぶまれる事の無いよう、しっかり自分の価値を高めながら働く思考が急速に求められるでしょう。

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もう長い間学校での「いじめ」問題が改善の傾向を見せません。実は大昔からいじめはどこにも存在していました。「いじめ」には大きく分けて二つの系統に私は分けています。一つは本当に嫌いな相手をいじめて自分から遠ざけるか、或はストレス発散で大人がよく言う「サンドバック」(どつかれ専門)役の者を作る。これは正に心が狭く自己中心の思想の産物であり象徴に見えます。虐待の大半も「いじめ」では?

「いじめ」のもう一つの系統は、嫌いでない相手に対し私の世代でいうチョッカイを出す行為。即ち今日笑いを取る一つの手法と正当化されている「いじり」です。実はこれも昨今行き過ぎの「いじり」が目立っています。最近の若い人々には想像以上に耐久力の無い人が少なくありません。その人々に自分は平気と思うレベルの「いじり」をしても、結果これが受けた側には「いじめ」効果に変わり、想像以上のダメージを生んでいます。

最近の煽り運転や「いじめ」有名人の「スキャンダル」幼児虐待は今我が国で過剰に凶暴化している自己中心が原因と断言しても良いと思います。これはその行為を行う人の生い立ちや、その人自身の性格或は環境がベースになっていますので、なかなかすぐに解決或は改善を観る事は難しと思います。だからといってこの問題を放置して良いとは思いません。この問題は根強く家庭を始めマスコミ或は教育機関で徹底して自己中心の限度と善悪を訴えていく必要があります。

一方「いじり」は確かに今日の笑いを取る手法として絶好の手法です。この手法を世間に広めた張本人が落語ができない落語家の手を抜いた笑いのネタ「仲間いじり」です。彼は最初楽屋話や舞台裏の話題で観客の「掴み」に成功し、そのあと共演者をいじりまくり観客の笑いを取る手法に発展しました。これらの手法は簡単で効果的な事から、その後も後輩達に引き継がれ多用されています。今こそデリケートな日本、笑いの中身を考えよう!

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最近また飲食店の厨房等バックヤードでの不適切動画が蔓延しています。これら不適切な行為自体を行う者と、それを撮影する者が存在しているのが殆どです。即ち複数で面白がって不適切行為を行い、これを撮影して拡散させています。これらの動画を観察していると、殆ど当事者がアルバイトと称されている事に気づきます。働く意味が昨今替わりすぎていないでしょうか?

最近登場している言葉に「バカッター」とは(バカ)と(ツィッター)を重ねた造語だそうです。もう一つ「デジタル タトッー」が挙げられます。これは一旦インターネット上で拡散した情報は後から消す事は極めて困難という事を表しているそうです。SNS等で情報等を拡散するとなかなか消せない事を自覚しているのでしょうか?ほとんどの人はこんな事がどんな影響を与えるか考えていないでしょう。

さて、話は戻ってアルバイトの人たちが冒頭でも述べたように、働く事をどう考えているのでしょう?また働く事の重要性にどこまで理解しているのでしょう?現場では人手不足で長年悩み続けています。これは雇う側にも問題があり、人件費を安く上げるためアルバイトやパートを増やし続けています。従って不適切動画を拡散された企業は必ず「社内教育、社員教育をさらに充実さます。」等と教育・指導の強化を謳いますが、これは机上の理論です。

アルバイトやパートの人たちの職場への愛着と職業への執着は完全に失われる中、職場での教育や指導はどこまで効果的なのでしょうか?それより今早急且つ真剣に取り組むべきは、職場や職業の価値やステイタスなどを至急引き上げ、正規雇用で働く事のメリットとその必要性を定着させる努力が求められていないでしょうか?また、一方で家庭や教育機関でこれからの時代を担う世代の人々に、働く事の本当の意味と自分に取っての必要性を徹底して教育する事が求められていると思います。

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新年に入ったと思えば、もう2月の節分まで通過してしまいました。もう2月と言えますが一方で未だ2月とも言えます。特にテレビやインターネット関係のニュースを観ていると、今年に入って既に未だ2月なのに沢山のニュースが世間に蔓延しています。小学生虐待死亡事件、有名男優の性的暴行事件、煽り運転各種、有名元横綱の離婚と政界進出予想、加えて息子の悪評、某市長の暴言に依る出来事への賛否、国の調査不正問題などなどマスコミはネタに尽きるという言葉がありません。

私達テレビ世代は今日のテレビプログラムの体たらくに20年ほどがっかりの連続ですがが、遅まきながら最近気がついた事があります。それはニュースのその語源は「新しい事ごと」というのもあれば、「North East West South」即ち四方八方で、四方八方の新しい出来事をその都度報じるという事になります。正にテレビやインターネットのニュースは昨今新しさを重視するあまり断片報道の連続です。それを受ける我々は都度その報道に振り回されっぱなしではないでしょうか?

しかし数週間或は数ヶ月経つとその報道等の実情がかなり違って伝わってきます。断片報道やドキュメント、特集などテレビプログラムでも数えきれないほどの断片情報が垂れ流されています。その情報を受け取る私達は報道や各種プログラムで大衆に蒔かれる情報は、必ず断片である事を前提に受け取る感覚が重要です。即ち小学生虐待死の背景にはDVが、煽り運転の裏側には煽りを引き起こす高齢者運転や自己中心運転、有名人のスキャンダルにはその裏に選挙や、非受益者の仕掛けなど存在する可能性があります。

勿論暴力や悪意或は脅威を与える煽り運転は、在っては成らない犯罪であり悪行です。それらを擁護するつもりは一切ありません。しかし、世の中には奥深く、また見え難い背景が様々な不幸を起こす事も事実です。有名元横綱が政界に出ようが、出よまいがどうでもよい事を何故全国放送で流すのか?学校内での教諭の言動が背景に関係なくなぜマスコミが全国に流すのか?某市長の何年も前の暴言が何故今退任まで繋がるのか?私が学生の頃から気になっていましたが、やじ馬にたびたび変身するマスコミ。困ったものだ・・・

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先日の某都立高校教師の暴力動画拡散事件について、拡散直後は一気に暴力を振るっている場面だけが拡散したため、暴力教師への批判が炎上しました。しかし昨年後半私自身3つの高等学校で専門家講師を務め、加えて私の家族が京都府立某高等学校の教員を勤めている環境もあり、暴力を振るった教諭への同情の思いが頭を過りました。すると動画の全貌が公表されてから一気に、暴力を振るった教諭への冷静客観的な意見が一気に集まっています。

先日のカスハラもしかり、昨今の世の中はどうも社会での立場が逆転し過ぎていないでしょうか?確かに高校では生徒を守って正しく教育する事が第一ですが、だからと言って躾が欠落し、しかも非常識な生徒達に嵌められ、一気に立場が悪くなる教員達の立場はどうなるのでしょう?カスハラも、悪意のクレーマーも、万引き常習者も彼等の横暴に依り、商業という職場への意識が地に墜ち、就業者が急速に失われる事態も同じではないでしょうか?

最近法衣が運転に適していないと当該県警が違反処理をした事が問題になり、全国の僧侶が法衣(当時と同じ略装)で様々な運動場面の動画で訴えました。確かに働く側のしっかりした業務上の知識やスキルの習得は職業として当たり前に要求されます。同時にその労務に依る受益者は、受益に対する感謝と働く人々への敬意は決して忘れてはならない。お客だから、その学校の生徒だからという過剰な権利意識は、その職場での労務を提供する人々を潰し、将来に向けて就業者が失われていくことを知る必要があります。

私達の世代はついつい家庭での躾欠落を憂う意見を出しがちです。生まれて成人までの人格形成は教育だけに頼ってなされるものではありませんよね。私達のように家庭でもご近所でも、学校でも、しっかり躾を行われた世代が、頑張って家庭と社会での人格形成時の躾と教育がこれからの日本にとても重要な課題である事を、訴え続ける必要は無でしょうか?今一度日本人とは、社会人とは、家庭で子供をしつける事は、本人を守ると同時に、社会での生き方を備えさせる大切な行為では無いでしょうか?

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こんにち相変わらず新しい単語がマスコミ始め様々な媒体に飛び交っていますが、その中でも私たち商業に携わる人間に最も深い関わりがあり、しかもその事象に対する対処やスキル及び心理準備など様々な準備が求められる事態となりました。今回取り上げたい私達に取ってその深刻な新しい言葉が「カスハラ」という言葉です。これまで私たちは現場でクレーマー対策に奔走していますが、これに加えて新たなお客様対応の準備と対応対策の普及が求められることとなりました。

「カスタマー」は顧客、買い手、取引先、お得意、なじみ客などと訳される事が一般的です。一方今は流行の領域に足したとも言える「ハラスメント」。これは日本語では「嫌がらせ」「いじめ」などと訳されています。本来「カスタマー」とは我々商業関係者にとってとても有り難く大切な人々を指してきましたが、その真逆な意味を持つ「ハラスメント」ということばとセットに成るや否や、それは商業関係者にとってもっともリスキーで排除したい種類の人々に早変わりしています。

今我が国の商業は現場の人手不足で深刻な事態に追いやられています。そんな中この悪い事態を加速させる様な現象が「カスハラ」です。お客様が販売員や店舗スタッフに「嫌がらせ」や「いじめ」を頻繁にしかも当たり前のように起こすとは、ご想像の通り販売員や店舗スタッフがその職場から離脱しようと考えるのは必定です。離脱まで決断しないとしても、仕事にステイタスや仕事をする意味や価値を失うでしょう。私たちはこの理不尽な言動からどうやって販売員や店舗スタッフを守れば良いのでしょう?

先日都内の高校で心ない生徒達の企みに嵌められ、暴力教師という烙印を押され職場から追放されそうな立派だった教諭が話題になっています。なぜ心を込めて働いている人々がストレス解消や面白がる出来事の対象にされるのでしょうか?こんな立派な教諭に不条理な行為を平気で組んで行える生徒達の何が躾を失わせる原因に成ったのでしょう?同じく私は問いたいです。クレーマーはストレス解消と金銭目当てで発生する事が大半です。「カスハラ」は何がその行為を行う人々の目的なのでしょう?人材を潰すという最も許されない罪悪なのに・・・。

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今年正月のまっただ中の3日、右の喉に乾いた様なヒリヒリと強い痛みを急に感じました。最近体調を崩していなかったので油断していましたが、翌日の夜に高熱を発症しました。土日を市販薬で乗り切って月曜日に持病のかかりつけ医に受診しました。処方して頂きその後約1週間は何とか微熱の範囲で上下する程度で乗り切りました。いやぁ、何もやる気になれず、常時眠気に襲われる日々でした。

御陰さまで持病を持っていますので、インフルエンザの予防接種を昨年暮れに受けていました。インフルエンザだったのかどうだったのか明確には解りませんが、結果的に高熱もさほど上がらず、長引いたものの微熱の範囲で1週間乗り切りました。今考えれば年末のいつもより集中した大きな事業の疲れが溜まっていたと考えます。緊張と目標及び責任が大きくのしかかっている時は、病気も出ません。

今インフルエンザ患者が急増しているとしきりに報道されています。年明け早々とはいえ皆さんもお忙しい中、インフルエンザの予防及び体調を健常に維持する事にはご尽力下さい。御陰さまで私は気力・体力・モチベーション共にやっと本調子に戻ってきました。体調を崩した後での復調は、なんと気持ちの良い事でしょう。後悔先に立たず!体調を崩して初めて体調の良さの大切さを何度も痛感します。

体調と気力体力は密接な関係にあるようです。気力と体力があれば少々の事でも体調は崩さなくて済みます。しかし同時に気力体力が落ちても体調を健常に維持するために、こまめに努力や工夫する事も沢山あります。例えば忙しいとか面倒くさいとかで、手洗い・うがいを疎かにしていませんか?自分を幸せにできるのは自分。自分の健康を守るのも日々の自分の行動です。どうぞ気を付け下さい。

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2019年あけましておめでとうございます。

弊社も本日より2019年の業務をスタートいたしました。今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。昨年暮れ辺りから本年正月特別番組で「陸王」「下町ロケット」など我が国のモノ作りに勢いがつく様な感動のテレビドラマが相次ぎ放送されています。確かに国としての基幹産業は「ものづくり」に他ならないのは社会で仕事をする人々には当たり前に周知・認識されているのは言うまでもないと思います。私たち商業に関わる人間達にも国家の基幹産業はものづくりであり、工業・農業が筆頭に挙げられる事は十分承知しています。

では私たち商業者とこれに関わる人間は国家という我が日本のどこにどのように貢献すれば良いのか、少し解っているようで解っていなかった部分にスポットを当ててみる事にしました。商業はかつて「士農工商」と位置づけられ、商は最も卑しい仕事と見下されて何年が経つでしょう?そこに従事する私たちはこの誰もが当たり前のように認知している順位の違いにどう向き合えば良いのでしょう?確かに国と国の経済の競い合いに、商業はなかなか貢献し難い職業であり、業界である事は事実かもしれません。

農業も工業も私たちの幸福を直接左右する産業でもあります。しかし商業も少なくとも私たち国民の幸福に深く関わってきました。ところが今日商業はロープライス競争が長期化し、これに伴い価格の下降も激化の一途でした。その結果として経費節約の主役は人件費と成り、削りに削られてきました。そして今日商業にAIを最大限に活用した完全自動化に向け突進しています。そこでふと足を止めて考えてみると、完全自動化された商業は、人の作業や仕事がバックアップや自動化の補完作業員と成り下がるのは必死です。

合理化を極めロープライスの雄となったチェーン店達はカテゴリーキラーと絶賛され、商業界は合理化の極みと自動化や企業の覇権競争で明け暮れています。どこかの広告で「そこに愛は在るのか?」と大女優が叫ぶモノがありますが、「そこに商業の哲学はあるのか?」と私は問いたいです。人を削った商売にはそれなりの価値感だけが残ります。そこに残るのは驚く様な薄利とそれがはじき出すロープライスだけです。今後は自動化で合理化する商売と、人が関わったために魅力を発揮する商売が両立する社会を切に祈りたいです。

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さる12月26日岐阜のあるショッピングモールで「岐阜県高等学校商業達人CUP」の決勝を行わせて頂きました。今回優勝した岐阜県立大垣商業高等学校初め決勝参加校に対して、準備と各種戦略を生徒が立案するに向けて専門家講師として1校あたり参加候補の生徒約100名前後に講習をさせて頂きました。学生に講習するなど私の講師の仕事40年の中で生まれて初めての、いろいろ新たに学べたり感じたりできた良い経験でした。

良い経験の代表は今回訪問させて頂いた3校の躾の徹底ぶりです。校内に入るやいなや先生が側に居る居ないに関係なく、いつでもどこでも来客と思われる人物には一人残らず大きな声で「こんにちは!」の連呼です。最初私は彼等に申し訳ない事にこの挨拶の連呼に少々気恥ずかしく、こちらの気が引けました。しかし、今ではかつて経験の無かった心地よさとどこか嬉しさが胸を過ります。

求人等で大学等も訪問しますが、これらの高校とは全く違う白けた空気が私を刺します。短期大学や大学は今我が国に数えきれぬほど多数存在します。少し前から個人的に感じるのですが、この無数の上級学び舎に日本の学生は何を目標・目的に在籍しているのでしょう?この2年から4年間を有効に活かしている学生はどれほど居られるのでしょう?高校を卒業して就職してゆく彼等を観ていると、少々社会の理不尽を感じます。

さて、話は戻って今回沢山の高校生から頂いた学びはご紹介しきれないほど沢山得る事ができました。その一つが高校生達は私たち一般の大人達が思う以上に頭が柔軟で、皆非常に素直さを持っているということ。表面的には反抗的であったり、粗暴なように見えたりする高校生も少なくありませんが、今回強く学んだ事は、躾が行き届いている環境では、皆在るべき姿を理解し実践する余地を有している事です。

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株式会社レスコフォーメイション

プロフィール

レスコフォーメイション社長 権野 博

1955年生まれ。大手商業施設企画設計施工会社を経て、1986年商業・事業開発および運営の企画・コンサルティング事務所「RESCO」開設。 1989年有限会社レスコフォーメイションを設立し、1991年代表取締役に就任。2009年株式会社レスコフォーメイションと商号変更し、引き続き代表取締役社長を務める。

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