立場のバランスを適正化しよう!

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先日の某都立高校教師の暴力動画拡散事件について、拡散直後は一気に暴力を振るっている場面だけが拡散したため、暴力教師への批判が炎上しました。しかし昨年後半私自身3つの高等学校で専門家講師を務め、加えて私の家族が京都府立某高等学校の教員を勤めている環境もあり、暴力を振るった教諭への同情の思いが頭を過りました。すると動画の全貌が公表されてから一気に、暴力を振るった教諭への冷静客観的な意見が一気に集まっています。

先日のカスハラもしかり、昨今の世の中はどうも社会での立場が逆転し過ぎていないでしょうか?確かに高校では生徒を守って正しく教育する事が第一ですが、だからと言って躾が欠落し、しかも非常識な生徒達に嵌められ、一気に立場が悪くなる教員達の立場はどうなるのでしょう?カスハラも、悪意のクレーマーも、万引き常習者も彼等の横暴に依り、商業という職場への意識が地に墜ち、就業者が急速に失われる事態も同じではないでしょうか?

最近法衣が運転に適していないと当該県警が違反処理をした事が問題になり、全国の僧侶が法衣(当時と同じ略装)で様々な運動場面の動画で訴えました。確かに働く側のしっかりした業務上の知識やスキルの習得は職業として当たり前に要求されます。同時にその労務に依る受益者は、受益に対する感謝と働く人々への敬意は決して忘れてはならない。お客だから、その学校の生徒だからという過剰な権利意識は、その職場での労務を提供する人々を潰し、将来に向けて就業者が失われていくことを知る必要があります。

私達の世代はついつい家庭での躾欠落を憂う意見を出しがちです。生まれて成人までの人格形成は教育だけに頼ってなされるものではありませんよね。私達のように家庭でもご近所でも、学校でも、しっかり躾を行われた世代が、頑張って家庭と社会での人格形成時の躾と教育がこれからの日本にとても重要な課題である事を、訴え続ける必要は無でしょうか?今一度日本人とは、社会人とは、家庭で子供をしつける事は、本人を守ると同時に、社会での生き方を備えさせる大切な行為では無いでしょうか?

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